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神様の真似をして生きる 第一巻 信仰、人間

¥ 1,800 +税

本山博が語る宗教・信仰の真髄
本書は2015年に亡くなった玉光神社初代宮司本山博の自選講話集『神様の真似をして生きる』全3巻のうちの第1巻。
著者は、その最晩年に、「宗教を求めるすべての人々が人生の指針を見出せるように」と、玉光神社機関誌(1961年~)に掲載された自身の全講話から約40編を選び、「信仰」「人間」「神様の真似・愛」「超作」の4つのテーマに分け、編纂しました。これを全3巻に纏め、順次刊行します。

本体価格 1,800円
四六判上製 283頁
ISBN 978-4-87960-071-4
発行日2019年5月23日

商品カテゴリー: , Product ID: 2101

説明


本書は2015年に亡くなった玉光神社初代宮司本山博の自選講話集。本書成立のいきさつは編集後記に譲るとして、著者自身の選択とその順序のままなので、他の著作との重複部分があるが、そのままにしてある。他の著作に掲載されているものは、その著作の内容に合うように編集がなされているが、本書においては元の講話の原型をとどめている。

講話はいわば一話完結型のドラマであるのだが、それらの一つ一つを珠に譬えれば、著者自身がそれらの珠をテーマに即して選んでつなげ、数珠となしたのが本書である。そして、この数珠は著者の宗教思想を連続ドラマのように雄弁に物語っている。

著者にとって宗教とは人間のためのものではなく、創造主たる神のためのものである。また、父として接した著者は強い厭世的な一面を持っていた。しかし、著者の宗教思想は単に彼岸志向なのではない。人間が自己否定をして超俗的な神のもとに還るという思想はそれだけを見れば彼岸志向であろう。しかし、著者の宗教思想によれば、神は自由無碍な神としての自己を否定して、この世界に即してこの世界を支えて生かしている。つまり、神は世界を愛している。その神のもとに還ることは決して現世否定だけに終わるものではない。その意味するところは超作の論理によって端的に示されている。それを本書のドラマから読み取っていただきたいと思う。

最後に、本書は著者の遺志を受け継いだ著者の夫人であり私の母である本山カヲルによって製作されたが、それは文字通り老体に鞭を打つ、鬼気迫る仕事ぶりであったことを付しておきたい。

本山一博


序文

一章  信仰 ―  ひたすら神様に心を向ける

(一)信仰と神様へのご奉仕
(1)世界平和のお祈り
(2)本当の宗教を

(二)聖地
(1)聖地へお参りできる幸せ
(2)聖地と神様の世界のお力
(3)父母の有り難さ

(三)魂の存続と信仰

(四)神様に戴くお力

(五)神様に感謝の心

(六)ひたすら神様に心を向ける

(七)信仰の真髄

(八)神様と人間
(1)神様の言葉と人間の言葉
(2)神様と人間の同質性

(九)回向と信仰

二章  人間 ―  神様と人間・地球と人間

(一)魂と身体

(二)人間の個人性と普遍性

(三)自然と共に生きる

(四)モノの中にある神性を拝む

(五)人間と地球

(六)生きがいについて

(七)親の愛のない幼少期を過ごした人間の性格形成

(八)人間の中の善人と悪人 ― みんなの中の、ジキルとハイド

(九)現実と自分の考えの違いを知ること ― 或る県の、各委員会の委員を務めている人の質問に答えて

(十)人類の未来について


『神様の真似をして生きる』第一巻を手にして
              (岐阜県 S・Tさん 男性)

●新刊書の案内を見て
毎月送られてくる「光の便り」と一緒に、新刊書の案内が入っていました。「著者自身が玉光神社機関紙に掲載された著者の全講話の中から、約40編を選出し、編集した自選集。著者は、その最晩年に、『宗教を求めるすべての人々が人生の指針を見出せるように』と講話を選び」と。
この中で、「著者自身が・・選出」「人生の指針をみいだせるように・・」という言葉が特に目に止まりました。本山博先生には、膨大な著書、多岐にわたる研究があります。その中で、我々に少しでも迷うことなく、信仰の道を歩むためのエッセンスを示して下さっている本ではないかと思い、さっそく注文しました。

●新刊書を手にして
送られてきた新刊書の目次を見て、目が釘付けになりました。人は人生の岐路に立たされたり、困ったりした時、人間のはかなさや自分の力の無力さを感じることがあります。そんな時、「人間とは何だろうか」「信仰とは何だろうか」と疑問に思ったり、投げやりな気持ちになったりすることがあります。目次の項目を見て、それらの疑問や迷いに対する回答が散りばめられていると思ったからです。
私は、今年4月から仕事の第一線を退き、現在は非常勤講師として学校に勤務しています。時々、「私の生きがいって何だろう?」と思うことがありました。今回、目次を見た時に、「生きがいについて」という項目がありました。そして、「今置かれた場所で、喜びを見いだす」「さまざまなストレス解消法」の言葉に惹かれ、すぐに本を開きました。
そのページを読み進む中で、いくつかの言葉が、自分に語り掛けてくるように感じました。「すべては神様から出たもの」「神様のお力そのものが、いろいろな形で含まれているのですから、・・自分がしたいと思うことは、必ずある。あるはずなのです」と。読んだ後、自分の中にとらわれの気持ちが強くあったことに気付くことができ、とても貴重な示唆を頂いたように思いました。

●小見出しと内容
また、私はページをめくっていくうちに、各編の小見出しがとても充実していることに気付きました。小見出し効果というのでしょうか、とても読みやすく、わかりやすいのです。これについては、編集後記にこんな箇所があります。「・・・各編の小見出しの大部分は編集作業時に著者自身が記しました。・・・」と。本山博先生が読者のことを思い、少しでも理解しやすいようにという、御配慮があったからだと思いました。とても、ありがたいことです。
また、講話の約40編の内容にも、とても興味を持ちました。編集後記では、「著者が選んだ諸編は、会員・読者から多く寄せられた質問等に沿って選ばれた」とのこと。会員や読者が日頃抱いている疑問や質問に対して、丁寧に答えて下さっている内容だからこそ、読んでいてストンと心に落ちるのだと思いました。その人の状況や状態に応じて、何が大事なのか、どう取り組んだらよいのか、それぞれの人が自分で指針を見出せるように、編集されていることがよくわかりました。

●おわりに 
この本は、目に止まった箇所を読むだけで、その人の状態や求めに応じて何かを働きかけてくれます。その働きかけをどう受け止めるかは本人次第ですが、何らかの指針を見出すことができると思います。
序文で、本山一博先生は、「講話はいわば一話完結型のドラマであるのだが、それらの一つ一つを珠に譬えれば、著者自身がそれらの珠をテーマに即して選んでつなげ、数珠となしたのが本書である。」と述べてみえます。まさに、その通りだと思いました。多くの方が自分にとって必要な珠と出会い、それをきっかけに本山博先生の深淵な宗教思想にふれることができれば、とてもすばらしいことだと思います。
今後、本山博先生の講話集、第二巻『神様の真似・愛』と第三巻『超作』が、順次刊行されるとのこと。第二巻・第三巻の発行がとても楽しみです。
最後に、これらの本を我々が手にすることができるのも、本山博先生の御遺志を受け継がれた本山カヲル夫人、編集に携われた方々のお蔭です。ともてありがたく、感謝の念でいっぱいです。ありがとうございました。