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良心が健康をつくる 本山 博著

本文より抜粋

89頁
1)偽善と、ひとりよがりの善

 或る人が、自分の会社の上司で心臓病の人が、よく胸の真ん中が痛くなる、それを介抱してあげる、親切にしてあげる、窓を開けて新鮮な空気を入れる、ニトログリセリンの心臓発作の薬をもってきて飲ませる、種々と親切にして相手の危機を助け、命が長らえるようにしてあげても、その気持ちの中に、このように親切にすれば昇進させてもらえるかもしれないという自己保持の欲が働いていたなら、それは不純な善である。

一種の偽善である。偽善では自己保持という物の原理が働いていて、真に相手の立場で相手を助ける愛の裏付けがない。自分を顧みない、相手を助けるだけの心の時、それは善意の行為と言える。  或る組織の中で、或る仕事を成就するのに会議が行なわれ、種々な議論が出た。

その結果をその会議に出たスタッフ(A)に上司が聞いたとする。その議論の中で、無益な、あるいはその仕事を成就するのに害になると思える発言を聞いて、それは誰が言ったのかと上司がAに聞いた時、それは言った人を守るために言えない、と言ったとする。Aはその発言者を庇う善意で言ったのかもしれないが、それは仕事の成就を妨げるものであり、また、言った本人も、自分の言ったことに責任がもてる正直な人でなければならない。Aが不利な発言をした人を庇う余り、上司に言われたことを言わないのは、その発言者の責任をうやむやにすることであり、その発言者に真に責任ある行為、上司の前でその発言内容が不利であっても必要である理由を説明さす機会を与えないことになる。Aは真にその発言者を責任ある人間としないという点で、Aのとった行動は偽善であると思う。

 善とは、或る人間を真に成り立たせ、成長させることである。発言者の言や考えが実際には間違いである、仕事を成就せしめない考えであることが上司との対話において明らかになれば、それだけ自己の無知を知り、成長することになろう。

 もし発言者の考えが、上司との対話において、仕事の成就に役立つことが議論の末判明したとする。ところが、Aが発言者が困るだろうと思ってその名前を隠して言わなかった場合、その正しい議論が上司には届かない結果になる。Aの、発言者のためによかれと思った善意は、物事を成就せしめない結果となる。もしAが上司に、「誰それがそれを言った」と言ったとしたら、その発言者に恨まれると思って発言者を上司に告げなかったとしたら、それは発言者を守るのでなく、自分を守るためであり、偽善である。このような人は、一見善意の人に見えて、世の中に混乱と問題を生ぜしめる人である。このような人が案外多いのは困ったことである。

 最近の大都会では独りだけの孤独な人が多い。その人達がよくペットに犬や猫を飼う。おいしいもの、人間が食べるようなものを食べさせて、猫はネズミを捕らない。骨のついた魚は食べられない。これでも猫か!と思うほどである。猫は元来夜行性の動物で、夜出歩いてその本領を発揮する。何キロメートルも先まで行って、夜を他の猫との集会に費やすのである。それが、マンションの一室に閉じこめられて外に出られないので、猫も犬もノイローゼになる。

 これらは犬や猫を助けるのでなく、犬や猫を人間が自分の思いのままにするひとりよがりの善意であり、本当に猫や犬をその本来の姿で生かすものではない。

 2)善とは何か

 上述のところから、善とは、自らには何の善果も求めない、無碍無所得の神の愛と善に従って助ける自然と人についての十分な理解と共感をもって、自然や人がその存在を全うし、さらに、人間が霊的成長をするように助けることが善であると言えよう。

 人間が、例えば黒人のキング牧師が黒人の悲惨な姿、白人との不平等を悲しんで、膚の色でなく、人間をその内なる心において互いに理解し、真に平等な人間社会をつくり出そうと訴え、黒人をその社会的地位を向上させ(例えば1962年になって初めて選挙権を獲得してアメリカ市民となった)、黒人を助けようとしたのは、自分のためではなく、「黒人を救う」という心の底からの良心の・・・・・ほとばしり、神の愛の・・・・・ほとばしりに従って行動したのである。しかし殺されることになった。心の奥からほとばしり出てくるのが良心の叫びであり、それは決して死を恐れるものではない。

 この、多くの人びとを助けよう、その存在を全うさせよう、向上させようという良心の声は、全ての存在を無碍無所得の愛と全能の智慧と、必ず物事を成就せしめる創造力をもった神の働きが人間の魂の中で働いているからである。

神の普遍的愛に基づいた普遍的善 がキング牧師の魂で働き、――これは全ての人間の魂の中で同じように働いている―― この神の働きに呼応した人間の魂の働きこそが真の愛、善の根源であると思う。

−後略−


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