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良心が健康をつくる
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ISBN 4-87960-058-X B6判 上製 176頁 定価1,600円(税込み)
2001年6月23日発行本文より抜粋
序
現代は、個人の確立と、人間が身・心・霊よりなる存在であることの自覚と、それに基づく実生活の確立が最も大切である。
現代の世相を見ると、工業技術の発達によって、人びとは物質的豊かさを十分に享受しているように見える。五十〜六十年前の戦争時代、戦後の、物も食糧も家もない時代を過ごした世代にとっては、夢のように贅沢な、飽食の時代である。さらにコンピュータの発達によって、個人が世界の何れの政府、組織、会社、個人についても政治的、経済的な情報、科学、医学についての情報、趣味についての情報を難なく入手でき、知識を獲得しうる。国家、性別、民族を越えて、コミュニケーションが個人と個人、個人と国家等の間で容易に行なわれる。
今こそ、個人の確立が最も重要である。 反社会的、暴力を主としたテレビ、インターネットにおけるバーチャルな情報によって、人びとが何の苦もなく、良心の片鱗をも見せずに人殺しをし、金を盗み、社会不安を募らせている。豊かな物質的生活だけでは、人間の心を決して正しく成長さすことのできない証であるように思える。
人びとは物質的豊かさと身体の健康を求めて右往左往しているように見える。人の上に立つ人びとは、自己の利益、権利を追求するのに汲々としているようにも見える。
上から下まで、良心というものが忘れられているように思える。
人間は本来、身体だけのものでなく、心をもち、心の奥底に魂と良心をもつ、多重次元の存在である。
魂、良心に目覚めないで、物の原理に従って物質的豊かさのみを求めることに汲々としている時、自然を壊し、人間は自らの手で地球を住めない所にする可能性が大きい。
魂、良心に目覚める時、人や社会と共存し、自然と共生できる広い世界、深い世界が開けてくる。
今こそ、魂、良心に目覚める時である。
本書は、魂とは何か、良心とは何か、魂に目覚める時、真の健康、身・心・霊の健康が得られることを詳述したものである。
目 次
序
人と社会を幸せにする良心 〜 人はなぜ悪を行ない、善を行なうのだろうか
〜
序
T 人間の悪と苦しみ
T)人はなぜ悪を行なうのだろうか
1)現代の世相 2)資本主義と、人間、社会、国の物化現象
3)物とは何か 4)物の原理に従った心が悪を行なう
5)悪とは何か 6)悪の原因と種類
U)善人が苦しみ、悪人が栄えるのはどうしてか
1)善人が苦しむ訳 2)悪人が栄えるのはどうしてか
3)ヨブの話し 4)民族の神、国の神、土地の神――災いをもたらす――
5)カルマの世界では神に会えない 6)カルマを超えたら神に会える
7)私の、神に会える迄の歴史
V)カルマによる災いと善果
1)前生のカルマによる病気 2)家のカルマによる災い
3)土地のカルマによる災い
W)この世の道徳は相対的なものにすぎない
1)神の力、精神の力による物の創造 2)この世の物は善悪のバランスの上に成り立っているとも言える
3)善悪が相対的なものにすぎないのなら、人を害してもいいか
4)人の世の道徳は相対的なものである
X)人はなぜ苦しむか
1)仏陀の苦しみ 2)人はなぜ苦しむか
U 善と良心
T)人はなぜ善を行なうのか
U)善とは何か
1)偽善と、ひとりよがりの善 2)善とは何か
V 善の心(良心)はどこにあるか ――
善の心は神とつながっている ――
T)良心は社会性と個人性を両立さす
1)身体の個別性と普遍性 2)感覚における個別性と普遍性
3)感情における個別性と普遍性 4)理性における個別性と普遍性
5)良心における個人性と社会性の一致、両立
U)良心はどこに在るか ―― 良心は神とつながっている
――
1)良心は脳の中にあるか? 2)良心は感覚に具わっているだろうか
3)良心は感情に具わっているか 4)科学的理性は良心の住処であろうか
5)共感は良心の住処である 6)良心は人間の魂の内奥に存在する
7)良心に具わる善の規範は、神、創造神の先験的、普遍的善のイデアに基づく
W 魂、良心に目覚める方法
1)超作とは 2)瞑想 人間の健康
T 人間の構造 ―― 身・心・魂よりなる一全体的存在
――
T)身体(物質としての身体とエネルギー系としての身体)
U)心 1)意識 2)無意識
V)魂 1)魂とは 2)アストラル次元の魂 3)カラーナ次元の魂
U 人間の身・心・魂における健康とは何か
T)身体の健康
U)心の健康 1)心の健康 2)現代は人間が物になっている
V)魂の健康 1) アストラルの魂の健康 2)アストラル次元の魂の社会性と悪
2) カラーナの魂の健康 4)カラーナの魂も悪魔になりうる
V むすび ―― 地球社会実現のためのカラーナの魂
――
人と社会を幸せにする良心 〜 人はなぜ悪を行ない、善を行なうのだろうか
〜
序
この頃の世相を見てみると、嘘をついても平気、悪いことをしても平気な人が多い。宗教の名を騙って人殺しをしても平気な集団も出来た。人はなぜ悪いことをするのだろうか。
他方では、海外の困っている国ぐにの人びとを助けるために多くの若い人たちが海外援助隊として出かけ、見知らぬ人たちを助けている。妻がここ二〜三年足が痛くて歩きにくいので杖をついているが、電車に乗ると若い人たちが席を譲ってくれる。
アメリカでも、車椅子に乗っていると、皆が道を開けたり、種々と優先させてくれるので、人の親切が有り難く感じられる。
人はなぜ、他の困っている人びとを助ける親切、善をするのだろうか。人間には生来、善を行ない、悪を斥ける良心が心の内奥に具わっていて、それが善を行なわせると思う。
しかし反面、人は悪いこともする。
数年前、ロサンゼルスで黒人青年が警官に不当に暴行され、黒人の人たちがそれに抗議して暴動が起きた。警察もなすすべもなく、治安が一時悪くなると、周りに住む、日頃は穏健な白人もアジア人も黒人、ヒスパニックも挙って商店やデパートから品物を略奪した。これは、人間は社会的規制が無くなると誰でも悪いことをする可能性のあることを示している。
イスラムのマホメットは、人間を三種類に分けて、十人のうち、一人は常に悪いことをする、一人はいつでも正しい善を行なう、他の八人は社会状況次第で善人になったり悪人になったりすると言う。ロサンゼルスの暴動に紛れて略奪した人びとは、この八人に属する人たちであろう。
私はこの五十年余りの厳しい宗教的修行を通じて、霊や神々、神との一致の体験を通じて、また、三十年に及ぶ心霊相談の体験を通じて、以下のことを確信している。
すなわち、人間は死ねばそれで終わりでなく、魂は存続し、この世の財産、物や人間に執着して死んだ人の魂は執われの状態にあって、死後の世界で苦しんでおり、それがその人の執われと関係している財産、物、人に悪い影響を与えている。
死ぬ時にこの世への執着を離れて、生まれてきた時と同じく裸一貫であの世へ行った人びとは、幸せな死後の世界を生きている。そしてこの世の人びとを導き助けている。これらの魂が再生すると、前者は身体や精神で不安定な異常な状態で再生することが多く、後者では知能や愛において優れた人として再生し、世の役に立つ人であることが多い。
人間は身・心・霊(魂)より成る一全体として存在し、この世は死後の世界(霊界)との密接な関係において動いている。
また私は、超心理学者、生物物理学者として超常現象の研究に励み、人間には、感覚や物理的手段を超えて物や霊、人の心を認知し、それらに心力によって直接働きかけうること等を、科学的に、間接的に証明した。
上記のような宗教体験、心霊相談の体験、超常現象の科学的研究の成果を統合した立場で、人間とは何か、なぜ人間は悪を行なうのか、善を行なうのか、あるいは苦しむのか、悪とは何か、善とは何かを考え、この世の善悪を超えて神の普遍的善をこの世に実現するにはどうしたらいいのかを述べてみたい。
また、種々の民族、国家は、それぞれに異なる道徳、善、悪の概念をもつが、これらはそれぞれに普遍的善の異なる現れであり、それによって、異なる気候、自然環境の中で、それに適応して異なる生き方をしてきた種々の民族の社会の掟をつくり、それらの社会、人間を成り立たせた理由をも考えてみたい。
先ず、なぜ人間は悪いことをするのか、実例を挙げつつ考え、悪とは何か、人間をして悪いことをせしめる原因は何かを考えてみよう。
本文より抜粋 良心が健康をつくる